今はウクライナに帰属しているクリミアをめぐる戦争

日本が明治維新をやっていたころクリミア戦争があった

当時のクリミアはオスマン・トルコという

一時はヨーロッパの8割を支配したイスラムの領土であった

それにロシアがちょっかいを出したところ、衰退していた

オスマン・トルコはイギリスとフランスに助けを求めた

本来ならこの地域の親分はハプスブルグ帝国(オーストリア

だったのだが、親分は様子見を決めこんだ

そこではるばる遠征してきた英仏がオスマン・トルコの

代理となってロシアと戦ったのがクリミア戦争である

イギリスはちょうど産業革命を成し遂げた直後であったから

大がかりなな戦闘でロシアを圧倒したが遠く離れた土地ゆえに

地理を知っているロシアのゲリラ攻撃に手を焼いていた

英仏、特にイギリスはかなりの金をつぎ込み戦死者も出した

産業革命がまだであったロシアも装備の遅れを露呈した

最後は戦線が膠着して勝者も敗者もないままに終わった

この戦争をきっかけにイスラムの帝国(オスマン・トルコ)は崩壊した

その時に英仏露の和平の仲介をしたのがサルディニア王国(イタリア)

そしてプロイセン帝国(ドイツ)であった

この仲介をきっかけにこの二つの国はヨーロッパでの地位を築き

それぞれ国内を統一し後の世界大戦の基礎を作ることになった